学校教育9ー「課題」にフォーカスした授業研究のすすめ
◆当時、日本の体育科教育を牽引されていた筑波大学の故髙橋健夫先生のもとで、現職教員として1年間の研修をしていた時のことです。
私は、小学校低学年の跳び箱遊びについて研究をしていたのですが、進捗状況を報告した時です。
高橋先生から「なぜ、現場の先生は授業で良かったところばかりを報告するんですかね?もっと、授業で上手くいかなかったことをまとめて発表すればいいんじゃないですか? ねぇ、みんなが知りたいのはそこだと思いませんか?」というご指導をいただきました。
このご指導から、自分の授業研究に対する意識や手法は大きく変容しました。
小学校に勤務してから、私は色々なご縁から体育科教育について研究するようになりました。市内の体育科教育に熱心な先生方が毎月集まり、順番で自分の研究成果を発表し合う勉強会にも参加させていただいていました。また、教育委員会が主催する授業研究会にも、積極的に授業提案者として手を挙げ、体育科研究に取り組んでいました。
時には、自分の授業をVTRで録画して、参会者に視聴していただくとともに、運動の成果や子どもたちの感想から心情の変化などを発表したものです。
そして、自分の授業が、いかに上手くいったかということをアッピールするのです。勿論、課題も沢山見つかっていたのですが、主張し、協議していただきたいのは成果の部分でした。
研究協議では「なぜ、あの場面であの教材を使ったのか?」、「もう少し違う言葉を掛けられなかったのか?」といった質問を交わし、自分の今までの実践から「こうしたら成果があった。」などと意見を交わします。体育科教育に関心のある先生方が集まっているので、指摘する内容にも鋭さが感じられました。
しかし、結局のところ「いい実践でした」「勉強になりました」と、お茶を濁して終わり、授業者を賛辞して、そのまま懇親会へ、という流れでした。
その手法にすっかり慣れきっていた私は、成果の部分をクローズアップする資料を用意して髙橋先生や髙橋研究室のメンバーの前で発表したのです。「うまくいかなかったところに視点を当てる」ことなど、頭の中に全くありませんでした。
髙橋先生の教えにより、以後、自分の授業研究では、「課題」にフォーカスして提案するスタイルに変えました。
最善を尽くしたのに最後まで跳び箱を跳べなかった子どもの動画をコマ割りしでその原因を探ったり、単元を終えても授業が楽しくないとアンケートに答えた子どもの心理状況を探ったりといった具合いです。
こうすることにより、色々な研究会で研究内容を発表しても、できなかったところにフォーカスして具体的な意見をいただけるようになり、協議の内容もグレードアップしました。
そして、私自身、授業研究の面白さを今まで以上に実感できるようになったのです。できなかったことの理由を考え、協議して、ヒントを得る。そのヒントをもとに明日の実践に生かす。教師として、これほど楽しく、興味深いことはありません。
本来、研究、勉強、学問というものは分からなかったことが分かるようになるところに真の楽しさがあるのです。これは、教師になっても変ることはありません。
偏差値に縛られ、点数をとって、希望する学校へ入学することが最大の目標とされていた私の学生時代の勉強とは全く異なる楽しさでした。
プロの教師が、プロ野球の選手が自分の技術を磨いて、結果を出すように、授業を研究し指導方法を磨く授業研究の在り方を、人生の師、髙橋健夫先生から教えていただきました。