不思議で残念な教師 「教育は愛」No.543

教師

教師ー83 不思議で残念な教師

◆子どもたちの元気な挨拶や「ありがとうございました」という大きな声を聞く度に思い出す残念な教師のエピソードがあります。今でも、不思議で、残念な教師だと思います。

 もう30年以上前の出来事です。

 私が勤務していた学校で、ある教師が研究授業を公開してくれました。

 子どもたちも張り切って学んでいます。教師の発問に大きな声を発し、手を挙げています。活発な発表が続きます。

 参観者も教師と子どもたちの様子に注目し、しきりにメモをとっていました。

 そして、授業は滞りなく進み、最後の挨拶です。

 「起立、礼」「ありがとうございました」と子どもたちが声を発した時です。

 その教師が急に声を荒げたのです。

 「なぜ、ありがとうございました。と言うのですか? 先生は、自分のお仕事をしただけです。あなたたちからお礼を言われるようなことはしていません」

 子どもたちは、どうしてよいか解らず、戸惑うばかりでした。

 子どもたちが教師に対して暴言を吐いたのなら、しっかりと指導する必要があるでしょう。

 しかし、「ありがとうございました」と挨拶する子どもたちには悪意はありません。

 今までの先生から教わった挨拶だったのです。もっと言えば、その学校ではどの学級でも同じように授業の開始には「お願いします」、終わりには「ありがとうございました」と挨拶していたのです。

 その教師は、着任したばかりでした。ご自分の流儀として「ありがとうございました」とお礼を言うのを禁じていたのでしょう。ですから、着任した学校の慣例となっていた挨拶に参観者の前で、物申したかったのかも知れません。

 日本語の中で一番美しい「ありがとうございます」というお礼の言葉を、参観者の前で否定した教師のことを私は今でも不思議で、残念に思ってしまいます。

 さすがに令和の時代には、このような教師が居ないことを願っています。

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