職場ー58 昭和の職員室
◆私は、体育主任をしていた頃から、出勤時刻は早い方でした。運動場の整備や授業準備などに時間を要したからです。その後、管理職になってからも、教育委員会事務局で勤務した時も、出勤時刻は職場で1、2の早さでした。
校長の今でも6時30分には校長室へ到着し、机を拭き、机上の仕事を片付け、今日の仕事の仕込み(?)に似た作業を行います。
私とほぼ、同時刻に出勤する教師がいます。毎朝、時計が時を刻むのと同じように出勤します。そして、その後にもう一人教師が出勤します。7時前の職員室には必ず、3人の顔が揃い、仕事に着手しています。
私ともう一人は、還暦を過ぎ、もう一人は、間もなく還暦を迎えようとしています。
いずれも昭和世代です。昭和の時代に教師となり、若手と呼ばれた時期を過ごし、平成の時代には、学校の中核となって働いてきて、令和の時代を迎えている3人です。
よく、昭和の職員室を思い出し、話しが盛り上がることがあります。
職員室で自由にタバコを吸っていたこと、通知表や指導要録を手書きしたこと、パソコンではなくワープロが全盛だったこと、先輩教師から厳しく教師のイロハをご指導いただいたこと等々・・・このメンバーでなくては通じない世界の話しに花が咲きます。
こんなことを令和の教師に話しても「??」と首を傾げられてしまうだけでしょう。話せば、年寄り扱いされて終わりです。
さて、昭和から令和まで、いろいろな変化がありました。そして、変化のスピードは加速しています。令和の先生方が私たちの年齢に達したとき、どのような職員室になっているのでしょうか?とても想像できません。
そもそも、学校は存在しているのでしょうか?・・・社会の変化を受け入れながら、今日一日を精一杯生きていく、そして、教育活動ができる喜びに幸せを感じながら生きていく、
そんなことを3人で話しながら考えていました。