評論する 「教育は愛」No.395

職場

職場ー48 評論する

◆学校の働き方改革や教師の資質向上等について、教育に携わったこともない方が熱心に評論されているのを聞く度に違和感を抱いてしまいます。

 ある野球人の方が「監督、コーチの経験もない解説者に采配を批判されるのは解せない。解説者とは、野球文化を正しく解説することが仕事である。自分の経験を通して解説してもらいたい」というコメントをされていました。

 このコメントを目にした時、溜飲が下がった思いがしました。

 教師がどのような思いで、どのような仕事をしているのかも、知らない人が「学校の働き方改革は○○した方がよい」と評論されていること自体、不可解です。

 学校の働き方改革を進めるには、学校現場を深く知り、現在、悪戦苦闘している人たちが知恵を出し合って、学校で働く全ての教師が納得できるような策を実施しなくてはならないと感じています。

 教職経験を重ねた私でさえ、教育委員会事務局で連続7年間勤務させていただいていた時には、今、学校でどのような課題があるのか、頭で理解できたつもりでも、心で理解できていなかったことが、学校現場に復帰した時に、よく分かりました。

 ましてや、学校で勤務したこともない人が、学校で教師がどのような課題に直面しているかなど、到底分かるはずはないと思います。

 これは、学校だけではありません。プロの世界は、どの世界にもそこで汗を流している人にしか分からない課題があるはずです。それを、経験もしていない者がもっともらしく評論するのはいかがなものでしょうか。

 「学校のことはよく分かりませんが、私が勤めている会社で言えば、このように考えられます。このような考え方は学校の先生方には馴染みませんか?」このように投げかけていただければ、喜んでディスカッションさせていただきます。

 大切なことは、世界の違う人たちとも自分の経験をベースにして、謙虚に話し合おうとする姿勢をもつことではないでしょうか。

 誰に対しても、分かったような顔をして、上から目線でコメントするのは慎むべきだと、自省しながら思う次第です。

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