職場ー2 人事異動で一喜一憂しないことです
◆組織で働く者にとって、人事異動は一番の関心事と言ってもよいのではないでしょうか。
自分で予想していた部署や役職と異なる人事、同期や後輩に先を越された形になる人事、思いもかけず要職への抜擢人事異動等々、職場では人事の話は一番盛り上がるものです。そして、よく耳にするのは、「なぜ、自分があのポストなのか?」「どうして、自分ではなく、あの人が課長になるのか?」など、自分の人事に対する不平不満です。
しかし、人事異動には、それなりの理由や巡り合わせがつきまとい、よく考えると妥当だと言えるものがほとんどではないでしょうか。
教員の世界でも、人事の話は恰好の茶飲み話です。教育関係の専門地方紙には、春の人事異動予想を面白おかしく特集して多くの読者を獲得しているものさえあるくらいです。
さて、人事異動に際しては、十人十色の評論が飛び交います。その中で、自分の人事異動に不満を持つ者は、妬みたっぷりに他人の人事異動を批判し、不発に終わった自分の人事異動の理由をアレコレ流布します。しかし、客観的に人事異動を眺めてみると本人が思う程、恣意的なものではありません。理由を挙げてみましょう。
ひとつは、人事異動は大方の場合、複数の人間が関係しています。その中の最大公約数が反映されていると言ってよいでしょう。
例えば、Aさんが校長に昇任されたとします。Aさんを積極的に推進した人、反対しなかった人、反対した人、色々いるはずです。その中で昇任が決まるまでには、Aさんの今までの勤務態度や実績、部下からの評判等、本人では分からないようなことまで、話し合いのテーブルに乗ります。その結果の人事異動なのです。
ですから、人事は本人が思う程、外れていないものです。それが証拠に、周囲の声を見ると「やっぱりね」という声が過半数を超えるものです。
もうひとつは、自分の能力を3割から5割くらい、高めに設定してしまっていることです。これは、誰でも自分の実績を振り返った場合、成功事例だけを取り出してソロバンをはじいてしまいます。人間なら誰しもそうなって当然でしょう。その結果が3割から5割増しの自己評価となるのです。
自分の能力を欲目のソロバン勘定した後、5割差し引いてみることです。すると、自分の評価の相場に近いところに落ち着いてきます。
「自分の能力を他人以上に自己評価している」という事実を理解できれば、随分と気持ちが平らかになるのではないでしょうか。謙虚さが滲み出てきますから。
そもそも、自分の家族でさえ、自分が思っているほど評価してくれていません。一緒に生活しているのですから、そのデータは的を射たものである可能性は高いでしょう。
「人事異動はひとごと」です。
他人の評価の結晶が人事異動に表れるのです。評価は、自分の所有物ではありません。他人様のモノなのです。このことをキッチリと理解して、人事異動に一喜一憂することなく、自分のすべき仕事にベストを尽くしましょう。
人事異動のことばかりを考えて言動するなど、愚の骨頂です。
今、自分のしている仕事は、何のため、誰のためにしているのか、社会への貢献という観点から見つめ直すことこそが、よい仕事に結びつくのです。
人事異動の結果は、謙虚に、感謝の心をもって受け止めてみましょう。そうすることによって新しい何かが見えてくるはずです。
そうは言っても、人事異動シーズンの百花繚乱の論評は、毎年興味深いものです。事実と関係のないことが次から次へと噂話として広がるものですから。
人の噂も七十五日