FOR 3 VER 「教育は愛」No.419

人生の師

人生の師ー13 FOR 3 VER

◆今日、8月16日は、巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督の追悼試合が、阪神を相手に行われます。「ありがとう、ミスター! FOR 3 VER」とデザインされた新聞紙面も長嶋茂雄終身名誉監督への感謝と哀悼の意を表しています。

 新聞には、長嶋茂雄さんの盟友、王貞治さんの記事が掲載されていました。「長嶋さんは特別な存在」ここぞの一発勝負強く、というタイトルです。

 その中で次のコメントが心に残りました。

「野球について、2人にしか分からない頂点のレベルでの悩みがあると、お互いに感じていたと思います。そこまで(高いレベル)行ったからこその話で、普通の選手に話をしても、あまり通じないのです。ONのことは、ONにしか分からない部分があると思っています」

 “普通の選手に話をしてもあまり通じない”

 超一流のパフォーマンスは、常人では考えられないほどの練習、情熱、努力を要したことと想像します。現役時代、試合が終わり、ほとんどの選手が帰宅して休んでいる時間に、何時間も自宅でバットを振り続けた長嶋さん。普通ではできないことだと思います。

 そこまで、野球というスポーツに情熱を傾け、努力し続けたこと、ファンの目の届かないところでの鍛錬の継続が、技や力だけでなく、輝くオーラとなって発せられていたのだと思います。

 長嶋さんには、後光が差している、と表現した方が沢山いらっしゃいます。私もご自宅で長嶋さんにお会いした時、長嶋さんが光の中で微笑まれていたのを鮮明に覚えています。

「これが、後光、オーラか!」と感動したものです。

 さて、“普通の選手に話をしてもあまり通じない”・・・私が教育にかける情熱は、まだまだ甘いものです。もっと、努力しなければならないと思い、もがいています。それでも、かつて、授業研究については、のめり込んで努力してきました。努力というか、授業、とりわけ体育科教育が好きだったのです。ですから、苦しいとか嫌だとかいう感覚はありませんでした。研究授業も年間に何本やっても全く苦ではありませんでした。やればやるほど、奥が深く、頂は見えません。それが、楽しかったのです。

 時々、研究授業を行うことに消極的な教師を見かけます。そういう教師と授業について話をしていても、私の話し方に問題があるのかも知れませんが、空回りしてしまうのです。

 そう、王さんのコメントのように“あまり通じない”のです。

 王さんは「長嶋さんは特別な存在」という記事の最後を次のように結んでいらっしゃいました。

「僕はラッキーでした。だって長嶋さんがプロで活躍した17年間のうちの一番いい時を、ファンとしてではなく、ずっと、一緒に戦いながら見ていられたわけですから」

 私もラッキーでした。長嶋茂雄さんと同じ時代に生き、人生の師として敬愛し続けることができているのですから。

タイトルとURLをコピーしました