2025-01

中学年

温かい言葉 「教育は愛」No.221

3年生のベースボール型ゲームを参観した時のことです。あるチームの子どもたちが、とても温かい言葉を仲間に掛けています。見事なチームワークです。どうして、このような温かい言葉を掛けられるのでしょうか?それは、教師が日頃より温かい言葉を子どもたちに掛けているからです。子どもたちは、教師をまねて、温かい言葉を学んでいるのです。
人生訓

夫婦の絆 「教育は愛」No.220

夫婦は、互いに理解し合って協働することにより絆を深めるのではないでしょうか。夫婦で子育てに明け暮れ、子どもが巣立った時に残されるのは二人です。この後、夫婦に有意義な時間を過ごせるか否かは、今までの理解と協働が鍵を握っているのではないでしょうか。
職場

伝えることの難しさ 「教育は愛」No.219

話して人に伝えることは至難の業です。約6割理解してくれればよい方です。ですから、大抵の場合は4割にも満たない理解で終わっているのです。では、自分の考えていることを人に理解していただくためにはどうしたらよいのでしょうか。話し方に工夫することも大切でしょう。文章にしたり、繰り返し説明したり、図示したりすることも有効だと思います。そして、人に伝えるようとしても4割程度の理解しか得られないものだという現実を踏まえ、少しずつ努力してくことが肝要でしょう。
人生訓

若々しく 「教育は愛」No.218

年齢を重ねていくと、老後のことを考えることも多くなります。しかし、心の若さを保っている人は、実年齢よりもはるかに若く見えるものです。松下幸之助さんの「青春」は口に出して読んでみると勇気が出てきます。今、私は「人生先発完投、臨終定年」と自分に言い聞かせ、毎日、楽しく校長職を楽しませていただいております。
家庭教育

お互い様ですから 「教育は愛」No.217

子ども同士の些細な喧嘩に親が登場するようになってしまいました。そして、加害、被害に執拗にこだわり、喧嘩相手を執拗に責めるのです。中には、子ども同士の謝罪だけでは済まなくなり、相手の親からの謝罪を担任へ要求するようになることもしばしばです。もっと、「お互い様」の精神を持って、我が子もその友だちも、おおらかな気持ちで見守り、育てることができれば、子どもたちものびのびと成長できるのではないでしょうか。
学校教育

受験勉強 「教育は愛」No.216

受験勉強は、人生の節となり、受験する子どもの実践的なキャリア教育となるのが本義だと考えます。親に言われたから、有名な学校だから受験するのではなく、受験するには、子ども自身の意志が必要です。将来、このような職業に就きたい、そのためには、この学校で勉強したい。だから、私はこの学校を受験する。こうした明確な意志があることが受験勉強を人生の節にする条件となるのではないでしょうか。
学校教育

クリティカル・シンキング 「教育は愛」No.215

クリティカル・シンキングは、既存のルールや考え方を懐疑的に考え、よりよい方法はないかと客観的に考える考え方であり、それを行動に移す力です。この力は、激変する社会を生き抜いていく上で不可欠な力だと考えます。小学生段階から、実生活の中で学ばせることは、学校教育の中でももっと重視した方がよいと考えます。
教師

読書の習慣 「教育は愛」No.214

読書の習慣は、子どもたちだけでなく、教師もぜひ、確率したいものです。本から知識や教養を意識的に学ぶことは、教師という仕事をする上でも大きな力、栄養となります。ジャンルは問いません。いろいろなジャンルの本を読み、幅広い世界を頭の中に入れておきたいものです。
学校教育

立ち直り方、壁の乗り越え方「教育は愛」No.213

イチロー氏が、米国野球殿堂入りの際にコメントされた中で「未熟さ、立ち直り方、壁の乗り越え方」という言葉が胸に響きました。教師のメンタル不調を考えた時、立ち直り方、壁の乗り越え方を身に付けることがとても肝要だと思ったからです。そして、この力は、私たちが教育している子どもたちにも身に付けさせなくてはならない力だと思います。どのように子どもたちに身に付けさせていくか?それは、学校生活のいろいろな場面で実行動を通して指導していくことが最も効果的なのではないでしょうか。
教師

本気の教師 「教育は愛」No.212

保護者からのクレームを怖れ、働き方改革の名のもとに、本気でぶつかる教師が少なくなったような気がします。昭和から平成の中頃までは、子どもたちに涙を流しながら、本気でぶつかる教師がどの学校にもいたように思います。子どもたちのよりよい成長を本気で願い、教育していれば、子どもたちが誤った行為をした姿を見れば、決して見過ごすことなどできないのです。本気だから・・・。