2025-03

職場

3月31日  「教育は愛」No.280

「一座建立 一期一会」、茶会の心得です。千利休の高弟、山上宗二の言葉だと伝えられています。今日の茶会のメンバーは唯一無二、二度と無い機会に感謝して、みんなで場を盛り上げようというものです。学校で本年度という座で1年間、ベストを尽くしてくれた仲間たち。今、3月31日にこの座は幕を閉じます。そして、数時間後の4月1日は、各々が新たな座で「一座建立 一期一会」に徹するのです。3月31日は、特別な日、新たな始まりを迎える終わりの日なのです。 1年間、盛り上げてくれた仲間に感謝の気持ちで一杯です。
管理職

校長の務め 「教育は愛」No.279

学校には、所属する教職員、全員が必要です。そして、一人ひとりが好き勝手をするのではなく、自分の役割を自覚して、精一杯に務めた時に学校力が最大限に発揮されるという醍醐味、楽しさを味わえると思うのです。そのことを校長として、1年間、伝え続けていこうと考えています。「教育は愛」ONE HEARTを目指して!
教師

プロ意識  「教育は愛」No.278

野球人、落合博満氏の「プロ意識」には、担任時代からずっと影響を受けていました。今でも落合氏の書物は繰り返しページをめくっています。教師もプロです。私は、教師個人が、自分のスキルを磨き上げることがとても重要であり、その磨き上げが学校力を向上させるものだと考えています。
生涯学習

心の支え  「教育は愛」No.277

教頭時代からお付き合いいただいているご夫妻がいらっしゃいます。今まで、私が苦境に立たされた時、いつも励まし、勇気付けてくださったご夫妻です。私は、このご夫妻のことを兄と姉のように慕っています。人生の中で、いろいろな仲間はいますが、長い期間に亘って、本音で話し合える人はほとんどいないのではないでしょうか。このご夫妻は、私にとって心の支えであり、人生の宝です。感謝の気持ちでいっぱいです。
教師

関心  「教育は愛」No.276

教師が子どもたちから関心を持ってもらいたければ・・・。子どものことを一人の人として、リスペクトする心をもち、話を丁寧に聞いてあげることです。教師が、子どもたちの話も聞かずに、自分だけが勝手にペラペラ話しているだけでは、教師に関心などもってくれるはずはありません。教師に関心をもってもらえなければ、授業にも集中できません。子どもたちは、教師という存在を通して、勉強や学問に興味・関心をもってもらうことが、学びを深める近道なのではないでしょうか。
教師

子どもたちからの報酬 「教育は愛」No.275

子どもたちからのラブコールは、私たち教師にとって最高の報酬です。修了式のラブコールは、来年度への大きな励みとなり糧となります。学校教育の場は、利益や打算とは無縁の聖域です。教師と子どもたちの心の絆が試される場なのです。
学校教育

学校の伝統 「教育は愛」No.274

学校の伝統には、歴史の古さや校舎、教育内容の特色等、いろいろな要素が考えられます。中学校や高等学校では、進学率も伝統のひとつでしょう。私は、現任校で2回の卒業式を経て、子どもたちの姿に伝統を感じています。それは「挨拶、返事、真心」です。昨年度も本年度も、担任の中に愛と情熱の溢れる教師が複数人いたのです。本気になって指導し続けた成果が、保護者や地域の皆様に感動を与えるような立派な態度となって表れたのではないでしょうか。学校の伝統をつくるもの、それは、教師の愛と情熱溢れる指導だと私は考えます。
学校教育

感動と真心 「教育は愛」No.273

卒業式で、卒業生の真剣でひたむきな表情、心に響く歌声に感動してしまいました。私は教師という職業に就いてから数え切れないほどの感動を子どもたちからいただきました。そのお蔭で今があると感謝しています。感動とは、子どもたちの真心から来るのではないでしょうか。教育とは人と人との心がふれ合う崇高な営みです。その心が真心となって相手に伝わった時、深い感動に包まれるのではないでしょうか。
学校教育

卒業式で思うこと 「教育は愛」No.272

毎年、卒業式を迎えると思うことがあります。それは、6年生の担任の1年間のご苦労の大きさです。よく、卒業生を指導したのは、6年生の担任だけではありません、という言葉を耳にします。確かにその通りです。しかし、実際に6年生を担任すると1年間、気持ちが休まることはありません。常にプレッシャーに追われるのです。ですから、卒業式で6年生の担任が、称賛され、リスペクトされることについて、私は当然のことだと考えています。
生涯学習

地域の教育力 「教育は愛」No.271

昭和の時代、いたずらをすると地域のおじさんやおばさんから遠慮無く叱られたものです。しかし、平成の中頃からでしょうか。地域のおじさんやおばさんは、我が子以外は叱ろうとしなくなりました。そして、学校へ電話をかけてきます。「地域でいたずらをしているから学校で指導してほしい」と。なぜ、その場で指導していただけないのでしょうか。地域のおじさん、おばさんが、子どもたちのことを愛し、悪いことをしたら叱ってくれる地域の子どもたちは、健全に育っていくはずです。地域の教育力は低下してしまったのでしょうか。