ピュアな心 「教育は愛」No.571

人生訓

生涯学習ー105 ピュアな心

◆子どもたちとの交流でも、教職員との交流でも感動してしまうことが多々あります。自分は、どのような時に感動するのか?考えてみました。そして、感動した時に共通していることは何か、気付いたことがあります。

 それは「ピュアな心」でした。

 話していて、子どもや教職員の純粋な心に触れた時に、その人の言葉や表情がスッと心に入ってくるのです。

 音楽会の時の子どもたちの純粋な瞳、教職員の子どもを思う純粋な心、語り、これらに触れると自分の体に感動の二文字が走るのです。

 これは、動物にも言えることです。

 朝の学区回りで数多くの散歩するワンちゃんと交流しています。この時のワンちゃんたちの純粋な瞳、これを見るだけで、やはり感動してしまいます。

 ピュアな心、ピュアな瞳、思えば、いつしか自分の中に失っていたものなのかも知れません。社会に出て、いろいろな人たちと関わる中で、楽しい思いばかりではありません。嫌な思いも沢山してきました。

 長嶋茂雄さんが、人生には苦汁がある。その苦汁から逃げてはいけない、苦汁をなめ尽くす、嫌だけどなめ尽くすことが大切だ、とコメントされていました。

 苦汁をなめ続けているうちに、いつしか、純粋な心や瞳の輝きを失いかけていたのかも知れません。

 だからこそ、純粋な心や瞳に触れた時には、大きな感動が押し寄せてくるのではないか、と自己点検しました。

 苦汁をなめても、純粋、ピュアの心や瞳の輝きは失いたくないものです。

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