学校教育ー126 自由と放縦
◆東洋学者の安岡正篤先生の言葉に「自由は束縛や規制の中から得てくるものが本物である。一切の規制・法則というものからの解放ならば放縦というものだ。自由と放縦とを全くとりちがえることから大きな間違いが生ずる」というものがあります。
子どもたちに考え、行動させることが何よりも大切なのです、という考え方が学校教育にも広がっています。これは、変化の激しい社会の中で子どもたちが生き抜くためには重要な資質・能力となります。
しかし、この資質・能力については、段階的に指導し、学ばせていくことが重要なのです。いきなり小学校1年生に自分で考え、行動してごらんなさいと言っても、的を射た学びができるとは思えません。
まずは、基礎基本となることをしっかりと教え、身に付けさせることから始めなければなりません。これは、6年生になっても共通することです。ある部分は、子どもたちに自由に考えさせ、行動させることも必要です。しかし、全部が全部、子どもたちに決めさせ、行動させるというのはいかがなものでしょうか。
インターネット社会です。必要な知識は、幾らでも手に入れることはできます。教師の持っている知識を遥かに超える知識量を子どもたちは得ることができるツールを持っています。そのツールを使って、自分で学習を進めることはできるようになるでしょう。
それでも、段階的な手順を踏む必要はあります。
冒頭の安岡先生の言葉のように、教えなければならないことはあるのです。そこには、自由や楽しさと反することもあるでしょう。何でも子どもたちが自由に、楽しさを求めて学習する姿だけを学校に求めるのは、筋違いだと思います。
やらなければならないことをやって、初めて自由が生きてくるのです。
安岡先生は、次のような教訓も遺されています。
「今日の学校教育の根本的なる欠陥の一つは、やることが散漫で、一時に夢中になれぬところにある」
リード文の言葉と一緒に考えると学校で指導すべきことが浮き彫りになってくるように思います。

