粘り強く 「教育は愛」No.582

職場

職場ー70 粘り強く

◆学校では、行事等があると教職員が気付いたことをアンケート形式で書き込みます。

 そして、計画担当者は、それらの気付き(反省)を生かして、次の計画を立案すること

が常道とされています。

 しかし、時々、気付き(反省)の全てを生かそうとする計画担当者を目にします。

 経験の浅い教職員だと、気付き(反省)を「0」にしようとして、計画そのものを根幹から変えようとして悩むことが多いのが、現状です。

 「止めた方がよい」「削減した方がよい」「他校ではこうしているのだから、本校もそうした方がよい」等々・・・

 時に、子どもや保護者・地域の声に反することを「働き方改革」という教職員の言い分を優先させて気付き(反省)にあげる教職員もいます。

 そこでよく見かけるのが、「0」か「100」か、の理論です。

 私は、この極端な意見には賛成しかねます。

 「子どもたちのためには必要なこと、しかし、○○を行うには負担が大きすぎる。だから止めた方がよい」という意見は、プロの仕事ではありません。

 100は無理だが、70ならできる、という考え方がなぜ、出てこないのでしょうか?

 コロナ禍と働き方改革のダブルから「止めることがよいことだ」という極端な意見が散見されます。

 そして、子どもたちや保護者・地域を置き去りにした理論は、学校教育の本来の姿から遠くかけ離れてしまいます。

 そもそも仕事には少なからず、「負担」が伴うものです。全く「負担」がない仕事など、この世に存在しないのではないでしょうか。

 「負担」だけど、それを成し遂げた時の成果は大きい、そう分かっているのなら逃げずに進むべきだと私は思います。

 誤解のないように申し上げておきますが、私は、決して過度な「負担」を強いているのではありません。常識的な「負担」の中で、子どもたちのことを第1に考えた教育活動に“粘り強く”取り組むことが肝要だと考えているのです。

 「負担」だから「0」、ではなく、「負担」なら「70」で・・・という具合です。

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