コラムー6 後進の育成をサラリとされる魅力的な方
◆酒席を共にしても絶対に勘定を払わせてくれない先輩がいます。もうかれこれ40年以上のお付き合いになります。
教育実習でお世話になった指導教官であり、結婚式の司会もしてくださったI先生です。私が社会人になり、これからは勘定を割り勘にしていただきたいとお願いした時に、I先生は「僕と一緒に飲む時は気にしないでよ。僕も先輩にそうしていただいたんだ。もし、千葉君が感謝してくれる気持ちがあるのなら、千葉君が後輩と飲んだ時に同じようにしてください。そうすれば、先輩と後輩のいい関係が続いていくんじゃないかな」と笑顔で私が手にしたお札を遮られるのです。
よく、先輩と一緒にお酒を飲むと、ご自分の経験からためになるお話しをしてくださる方は沢山いらっしゃいます。そして、経験談がやがて自慢話になってしまうというのは、この手の話にはよくあることです。それはそれで勉強になるのですが、I先生は、ご自分の経験談はサラリと話すだけで、専ら私の話を聞こうとしてくださいます。
そして、嬉しそうに微笑まれ、私の話に共感してくださり、励ましてくださいます。別れる時には、決まって「千葉君と話して元気が出てきたよ。また会いましょう」と素敵な笑顔で駅の改札に消えて行かれるのです。I先生との懇親会のあとは、心があったかくなります。きっと自分のことを丸ごと認めてくださった満足感と安心感に包まれたからだと思います。
I先生の魅力はどこにあるのでしょうか。ひとつは、話の内容が爽やかなことです。決して、愚痴や他人の悪口は言の葉に上らせません。常に、前向きな将来の夢や今までで楽しかったこと、嬉しかったことが話の中心になります。どれも皆、肯定的で建設的な話題ばかりです。
そして、話す割合は、私が6割から7割、I先生が4割から3割というバランスです。ひょっとするとI先生はコーチングの手法を使っていらっしゃるのかも知れません。I先生と一緒にいるとついつい自分の思いを夢中になって話してしまうのです。
また、I先生には打算的なものは一切感じませんし、権力めいた話も全くありません。逆を言えば、私が酒席を共にする先輩とは、人事を睨んだ打算的な内容や権力めいた話題が多かったのかも知れません。組織で働く以上、自分や他人の人事異動や権力者のことについて気にならない人はいないでしょう。しかし、その手の話は仕事に関係する人間の間で共通するものであって、プライベートへの持ち込みは遠慮したいものです。
I先生も、学校という組織で働いていた方ですから、そういったものと無関係で生きてきた訳ではないでしょう。しかし、全く固執されず、自分らしい生き方を貫いて来たからこそI先生は爽やかな風を身にまとうことができたのではないでしょうか。
◎私もI先生を見習って、後進の背中を爽やかに押せるような人間になりたいと思っています。
しかし、まだまだ自分の中には、見栄や邪念が満載でI先生のような爽やかさには到達できていません。善かれと思って話した内容も、気付かない内に、独り善がりになってしまったり、他人の悪口を話題にしてしまったりしていることも多々あります。
今、自分が心掛けて実践できていることは、せいぜい、後進と杯を重ねた時の勘定を受け持ち、お礼を言う後進にI先生と同じセリフを口にすることが精一杯のところです。
「いいんだよ。私も先輩からそう言われてきたんだ。その気持ちを将来、君の後輩に向けてあげてください」I先生のような爽やかな風を身にまとい、サラリと気持ち良く後進を育成できる器になるよう、これからも精進を重ねていきたいと思います。