学校教育

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学校は誰の物? 「教育は愛」No.175

学校は誰の物? この根本的な質問にどのように答えるか? 自治体の物、首長の物、いろいろな考え方があるでしょう。私は、学校は、地域の物だと思います。学校に校長として着任すると学校の全権を手にしたような気になってしまう者もいるようです。しかし、学校の持ち主とも言える地域の方々が、学校にどのような期待を寄せているのか、それを丁寧にキャッチすることが必要だと考えます。その上で、学校を改善し、経営していくのが校長の務めではないでしょうか。
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研究発表会は必要? 「教育は愛」No.172

研究発表会を開催することが目的となっている研究発表会は、実践力が伴っていない気がします。研究とは、常に子どもたちを変容することができる実践力に結びつかなくてはならないと考えます。どうせ、開催するなら、万人が納得できるような実践力が豊富な研究発表会にしたいものです。
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とことん追い込まない 「教育は愛」No.159

子どもが失敗した時には、とことん追い込まないことです。失敗を責め続ければ、子どもにはマイナスの感情しか残りません。それよりも、子どもが自分の良さに気づき、明るい気持ちで頑張ろうとするような叱り方、指導の仕方を考えたいものです。そのためには、日頃から子どもたちのことをよく観察し、叱る時にもその子の長所、良いところを添えてあげることが必要ではないでしょうか。
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時間を守る感性 「教育は愛」No.158

学校生活も、社会生活も「時間」で動いています。時間を守ることは、やがて社会で自立するためにも大切なことです。子どもたちに、「時間を守りましょう」と念仏を唱えるように繰り返しても子どもたちが行動に即移してくれるようにはなかなかなりません。もっと、教師の本気度を子どもたちに示すことが必要なのです。そして、子どもたちに時間を守らせようとしたら、教師自身も時間を厳格に守ることを実行しなければなりません。時間を守らなかった時、決して言い訳をしてはいけないのです。
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問題児への指導 「教育は愛」No.151

問題児と呼ばれる子ども、それは、たまたま教師や大人の思い通りの行動ができない子どものことを指しています。問題があるのは子どもたち一人ひとりの長所を見出そうとしない教師の側にあるのかも知れません。私も問題児として教師の手を煩わせていた子どもでした。自分の良いところを見出そうとして誉めてくれた教師には心を開くことができました。しかし、反対に、私の短所ばかりを指導しようとされた先生にはなかなか心を開くことができなかったものです。
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悪口を学級から閉め出す 「教育は愛」No.148

悪口は、いじめと同じです。小さな芽のうちに摘んでおくことです。悪口が学級の中にはびこると、人間関係に負の連鎖が生じてしまいます。学級に肯定的な人間関係を築くためには、悪口は、絶対に言わないこと、そういった教師の価値観を毅然と指導します。
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グループ編成で人間関係を 「教育は愛」No.147

子どもたちは、自分たちでいろいろな友だちとグループをつくることが苦手です。ですから、初めは教師主導でいろいろな友だちとかかわれるようなグループを意図的に編成することが必要だと考えます。はじめのうちは、固執していた子どもたちも、いろいろな友だちとのグループを経験していく内に、誰とでも一緒に活動できるようになっていきます。
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音はひとつ 「教育は愛」No.128

先輩から教えていただいたことです。起立する時の音はひとつ。これを自分の学級で指導したところ、子どもたちの中にけじめある行動の姿と空気が学級に充満するようになりました。けじめは、言葉だけで指導するのではなく、日々繰り返される行動の仕方から指導することができるということを先輩の実践から学ばせていただきました。
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握手・挨拶・返事  「教育は愛」No.125

本来なら家庭教育の場で身に付けておいてほしい行動様式に握手・挨拶・返事があげられます。もし、満足にこの3つができない子どもがいたら、丁寧に行い方を指導してあげることです。できれば保護者の方と連携して繰り返し指導できれば、身に付くのも早く、着実でしょう。
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社会性を育む集団遊び 「教育は愛」No.106

集団遊びは、子どもたちの社会性を育むのに有効です。できれば、夢中になって取っ組み合いをできるような遊びの中で、多くを学ばせたいものです。私が、担任時代に行ったSケンや海賊船ゲームは、子どもたちに大人気!そして、学級間に秩序とルールを定着させる遊びでした。