愛を中核にした学級経営 「教育は愛」No.749

教師

教師ー116 愛を中核とした学級経営

■ なぜ今日、このテーマなのか

初任者や若手教員の相談を受けるたびに、 「舐められてはいけない」「最初が肝心だから厳しく」 という“恐れ”が学級経営を歪めてしまう場面を目にします。 その危機感が、今日のテーマを自然に導きました。

■ 若手教員が陥りがちな「舐められてはいけない」という呪縛

 教師になりたての頃、私も先輩方からこう言われました。

 「最初が肝心。厳しくしないと一度の甘えで学級は崩壊するぞ」

 学級崩壊の現場も見てきたため、当時の私は 「先生は絶対だ」と言わんばかりに、力で抑え込む指導をしてしまったことがあります。

 しかし、そんな“強制力”に頼った学級経営は必ずどこかで破綻します。 なぜなら、その根底にあるのは子どもへの愛ではなく、 教師自身の 恐怖心保身 だからです。

■ 見せかけの規律がもたらす危険

 怒鳴り声や細かいルールで縛られた教室は、一見すると統率が取れているように見えます。 しかしそれは、子どもたちが納得した結果ではありません。

「怒られたくないから従順なフリをしている」だけです。

 抑圧されたストレスは、教師の目が届かない休み時間や家庭で爆発します。 それが陰湿ないじめやトラブルの引き金になることも少なくありません。

■ コントロールを手放すという“プロの覚悟”

 プロの教師とは、子どもを「操作する存在」ではなく、 一人の人間として尊重する存在 であるべきです。

 子どもは教師の「指導テクニック」ではなく、 教師の 心の構え(本音) を見抜きます。

 こちらが「舐められまい」と鎧を着て接すれば、 子どもも心を閉ざし、教室から本音が消えます。

 教師が自分の失敗を素直に認め、子どもの弱さに寄り添う「等身大の姿」を見せること。 その自己開示こそが子どもへの愛として伝わり、 本物の信頼関係を育む土台となります。

■ 学級を「最高の安心感」で満たすために

 学級経営の本質は、子どもを静かにさせることではありません。

 「この教室は、失敗しても何を言っても受け止めてもらえる」 という絶対的な安心感をつくることです。

 その核となるのが、教師の愛と情熱です。 プライドを捨てる必要はありません。 ただ、そのプライドの根底には、常に子どもへの を据えておいてほしいのです。

 「教育は愛」なのです。

☆読者への問いかけ

 「舐められたらどうしよう」という防衛本能の鎧を脱ぎ捨て、 目の前の子どもを信じ、愛することから始めてみませんか。 そこにはきっと、今まで見たことのない景色が広がっているはずです。

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