教師ー83 不思議で残念な教師
◆子どもたちの元気な挨拶や「ありがとうございました」という大きな声を聞く度に思い出す残念な教師のエピソードがあります。今でも、不思議で、残念な教師だと思います。
もう30年以上前の出来事です。
私が勤務していた学校で、ある教師が研究授業を公開してくれました。
子どもたちも張り切って学んでいます。教師の発問に大きな声を発し、手を挙げています。活発な発表が続きます。
参観者も教師と子どもたちの様子に注目し、しきりにメモをとっていました。
そして、授業は滞りなく進み、最後の挨拶です。
「起立、礼」「ありがとうございました」と子どもたちが声を発した時です。
その教師が急に声を荒げたのです。
「なぜ、ありがとうございました。と言うのですか? 先生は、自分のお仕事をしただけです。あなたたちからお礼を言われるようなことはしていません」
子どもたちは、どうしてよいか解らず、戸惑うばかりでした。
子どもたちが教師に対して暴言を吐いたのなら、しっかりと指導する必要があるでしょう。
しかし、「ありがとうございました」と挨拶する子どもたちには悪意はありません。
今までの先生から教わった挨拶だったのです。もっと言えば、その学校ではどの学級でも同じように授業の開始には「お願いします」、終わりには「ありがとうございました」と挨拶していたのです。
その教師は、着任したばかりでした。ご自分の流儀として「ありがとうございました」とお礼を言うのを禁じていたのでしょう。ですから、着任した学校の慣例となっていた挨拶に参観者の前で、物申したかったのかも知れません。
日本語の中で一番美しい「ありがとうございます」というお礼の言葉を、参観者の前で否定した教師のことを私は今でも不思議で、残念に思ってしまいます。
さすがに令和の時代には、このような教師が居ないことを願っています。

