3つの高齢期 「教育は愛」No.665

生涯学習

生涯学習ー130 3つの高齢期

◆五木寛之氏の『大河の一滴 最終章』を読み終えました。その中で高齢期を前期・中期・後期の3つに分類されていたのが興味深かったです。

 五木氏は、人生100年と仮定して、その半分の50歳からを高齢期と考えられています。

 そして、50歳から70歳までの20年を前期高齢期、70歳から90歳までを中期高齢期、90歳から100歳以上を後期高齢期と分類されていました。

 この分類をできるのも、93歳を迎え、益々お元気な五木寛之氏ならではの論であり、説得力があります。

 この分類によれば、私は中期高齢期ということになります。

 つまり、70歳までは、気力、体力、知力とも、まだまだそれなりに機能させられる時期なのではないでしょうか。

 それまでは、60歳定年制の最終ランナーだったため、60歳から、高齢期と勝手に思い、年金支給の65歳からは、本格的な高齢期になるだろうと、漠然とした思いを持っていました。

 63歳を迎え、確かに今までできていたことができなくなったり、できにくくなったりしたこと幾つかあります。

 しかし、その衰えのために不自由を感じたことはありません。

 むしろ、今まで、一心不乱に突き進んでいた60歳前までに比べると、心の中に余裕を感じている自分がいます。

 焦らなくても、今できるベストを尽くしていれば、必ずや社会に貢献できるはず、そんな確信が安心感となって、自分のペースを保つことができています。

 古い話になって恐縮ですが、落合博満氏が現役時分、キャンプで独自のメニューを消化して、開幕までにベストの状態に持って行った、その心境が何となく分かるようになってきました。

 もちろん、私の仕事のレベルと熾烈なプロ野球の世界とでは比べようもないほど、格差はあります。飽くまでも、私の教育者としての仕事のレベルで考えた時のことです。

 五木寛之氏の『大河の一滴 最終章』には、「人は何かのために生きるのではない、誰かのために生きるのだ」という強いメッセージが書かれています。

 93歳、素晴らしい著書を何冊も書かれ、社会に大きく貢献された氏の言葉は、我が胸に熱く響き迫力があります。

 中期高齢期にある私は、「教育は愛」を基軸として、幼稚園の園長職、執筆活動、講演活動等を通して、目の前の子どもたちの為、教職の世界で奮闘されている後進たちの為、教育に期待を寄せてくださっている保護者・地域の皆様の為に、少しでもお役に立てるよう、飾らず、気負わず、限りある日々を生きて行こうと思います。

タイトルとURLをコピーしました