55のメッセージー6 そもそも教育とは「配慮すること」である(教育編)
◆先日、ある大学で、小・中学校の校長先生方、幼稚園長、大学の先生方が集まる研究会で、基調講演をさせていただきました。 テーマは 「配慮を必要とする子どもの現状と対応について」。 特別支援学校、小学校での教諭時代、小学校長、教育委員会事務局、そして現在の幼稚園園長としての経験を踏まえ、自分なりの考えをお話ししました。
講演内容を整理する中で、ある本質的な気づきがありました。 それは―― 教育という営みは、そもそも “配慮の連続” ではないか ということです。
◆現場で求められる「配慮」の広がり
今回、私が挙げた“要する配慮”は実に多岐にわたります。
- 発達障害をはじめとする特性への対応
- 海外帰国や外国籍の子どもの日本語・環境適応
- 学校への理解が得られにくい保護者への対応
- 複雑化する家庭環境の問題
- 不登校やいじめへの対応
特に心身の特性や発達障害について話を進めるうち、 現場の教師がいかに膨大な配慮を日々求められているか が、あらためて浮き彫りになりました。
今、子どもたちも保護者も多様化しています。 求められる指導方法や教育環境は千差万別で、そのすべてに100%応えることは容易ではありません。
◆「平均値の学級」から「個別最適の学級」へ
これまでは特別支援教育を中心に、一人ひとりの 個別支援計画 に基づいて学びを組み立ててきました。 しかし現在では、通常学級においても、多様な配慮を踏まえた丁寧な個別対応が求められています。
もはや、学級の「平均値」に合わせた一斉授業だけでは、 子どもたちへの適切な指導・支援は成り立ちません。
GIGAスクール構想による一人一台端末の導入で、学習課題の個別最適化は進みました。 しかし、目に見えない数々の配慮 に対応するには、教師のきめ細かな観察、保護者・関係機関との綿密な連携が欠かせません。
これはすでに、担任一人で抱え込める範疇を超えています。 学年や学校全体による 「チーム対応」 へのシフトは不可欠です。
◆令和の教育は「配慮の質」と「配慮の量」が問われる時代
昭和の時代から、研究熱心で子どもへの愛が深く、優れた配慮ができる教師は、絶大な尊敬を集めていました。 しかし今、教師に課される配慮の 数 も 種類 も、当時とは桁違いに増えています。
だからこそ、私は現場で懸命に汗を流されている先生方に強くお伝えしたいのです。
◆どうか、先生方ご自身への「配慮」を最優先に
教育とは、他者への配慮の連続です。 しかし―― ご自身の心身への配慮は、もっと大切にしていただきたい。
子どもたちに溢れんばかりの愛を注ぐためには、 まず先生方の心と体のコップが満たされている必要があります。
疲れ果ててしまっては、元も子もありません。
- 「完璧にできなくても大丈夫」
- 「時には周りに頼ってもいい」
どうか、ONとOFFを上手に切り替え、 ご自身を労わる時間を少しでも持てますように。
先生方の優しい笑顔がこれからも絶えることのないよう、 心から願っております。
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55のメッセージ-7 教え子への誠実なアドバイスとは | 教育は愛


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