55のメッセージー5 誰のために、何のために教育しているのか(教育編)
日々の教育活動の中で
日々の教育活動や放課後の様々な仕事に追われているうちに、教師としての原点を見失ってしまうことがあります。 授業準備に加えて学校行事の仕事、急な保護者対応などが重なると、予定していた教材研究ができなくなることもあります。 目の前の対応に追われるあまり、肝心の授業が圧迫されてしまう――そんな経験をした方も多いでしょう。
「誰のために教育しているのか」
そんな時こそ、自分に問いかけてみてください。 「私は一体、誰のために教育しているのか?」 冷静にこの問いを立てると、頭が整理され、心が落ち着きます。
一番大切なのは、目の前にいる子どもたちの成長です。 この子どもたちの未来を拓くこと――それこそが教育の本義なのです。
行事や保護者対応などの仕事は、一人で抱え込まないこと。 学校は校長を中心とした組織体です。 「〇〇先生がいないとできない仕事」など、実はひとつもありません。 授業に支障が出そうな時は、同僚や管理職に相談する習慣を身につけましょう。
「何のために教育しているのか」
以前、同僚と話している時にこんな問いが出ました。 「あなたは、何のために教育しているのですか?」
その仲間は、まっすぐ前を向いてこう答えました。 「自分の家族を幸せにするためです。」
そう、私たち教師も一人の人間です。 父であり、母であり、夫であり、妻でもあります。 家族の幸せを担っているのです。 そして、その幸せを実現するために「教育という仕事」を選んでいるのです。
教育の目的は人それぞれ
自己実現のため、日本の未来をつくるため――。 人によって答えは異なります。正解などありません。
私は、教育という仕事を通して社会に貢献し、家族の幸せを拓くために教育をしています。
もし、先生方の中にも「家族のために教師として働いている」という方がいらっしゃるなら、 どうかご家族を犠牲にするような働き方で自分を追い込まないでください。
教育と幸福のつながり
森信三先生はこう述べられています。 「人は、仕事を通して社会に貢献するために生まれて来た」
私はそこにもう一つの視点を加えたいと思います。 「人は、仕事を通して自分の家族を幸せにする」――教育という仕事も例外ではありません。
悩まないで!
疲れが蓄積し、悩み、教師という仕事が嫌いになりそうな時こそ、 もう一度「誰のため」「何のため」と自分に問いかけてください。
その問いが、心の整理を助け、進むべき道を照らしてくれます。 そして、胸を張って――今日も子どもたちが待つ教室へ歩み出してください。
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