55のメッセージ39 親孝行したい時には親はなし「教育は愛」No.868

55のメッセージ

55のメッセージー39 親孝行、したい時には親はなし(人生編)

◆私の母は、私が子どもの頃から「死ぬときはピンコロで逝く」と公言していました。

そして、見事に有言実行した母。突然この世を去ってから、既に十数年の月日が流れました。

母が亡くなった年、私は教育委員会事務局から小学校の校長へと転任し、毎日、仕事に追われるような生活を送っていました。そのため、近所で独り暮らしをしていた母と話す機会も少なくなり、久しぶりに顔を合わせても、ゆっくり話す時間を取ることができませんでした。

明るく元気な江戸っ子気質の母は、まるでそれがトレードマークのような人でした。私は、そんな母なら100歳まで生きるだろうと、勝手に思い込んでいたのです。

しかし、別れは突然訪れました。

「親孝行、したいときには親はなし」

もっと親孝行をしておけばよかった……。今でも、後悔することは尽きません。

そんな私の心を救ってくれたのが、美輪明宏氏の「親孝行は、亡くなった後でもできるものです」という言葉でした。

その言葉に救いを求めるように、私は今も毎朝、仏壇に手を合わせ、母への感謝を伝えています。

さて、私くらいの年齢になると、公私にわたってお付き合いしてきた人たちとの別れも、次第に増えてきます。

愛する母との別れを通して、私の心に深く刻まれたことがあります。

それは、**「親子でいられる時間には限りがある」**ということです。

日頃、何気なく一緒に過ごしている家族との時間も、決して永遠に続くものではありません。

そして、この気づきは、親子や家族の命に限ったことではなく、日々の暮らしの中で出会う人たちとのご縁を大切にしようという思いへと広がっていきました。

例えば、本年度、ご縁があって一緒に仕事をしている仲間たち。来年度になれば、人事異動や一身上の都合などによって、違うメンバーで仕事をすることになります。

子どもたちと向き合う学校の風景も、卒業や卒園、入学や入園を繰り返す中で、毎年違ったものになります。

今、自分の周りにある風景を形づくっている人たち。その顔ぶれも、そこで過ごす時間も、二度と同じ形では訪れないかもしれません。

私たちが今、共に過ごしているこの時間は、まさに「今」しかないものなのです。

茶道の心得に、「一座建立(いちざこんりゅう)」「一期一会」という言葉があります。

「一期一会」とは、その人と出会う機会は一生に一度かもしれないという思いで、目の前の出会いを大切にすること。

また、「一座建立」とは、亭主と客が心を通わせ、その場にいる人たちが一体となって、素晴らしい茶会をつくり上げることです。

今、この顔ぶれで集う茶会は、二度と同じ形では訪れません。だからこそ、一人一人が出会いを大切にし、そこにいるみんなで心を通わせ、素晴らしいひとときをつくり上げていこうということなのでしょう。

校長時代、4月1日に教職員の皆さんへ学校経営方針を伝える際、私はこの言葉をよく使ったものです。

今年、このメンバーで一緒に働けることは、当たり前ではない。だからこそ、互いを尊重し、力を合わせて、よりよい学校をつくっていきたい。そんな思いを込めて話していました。

今日という日は、二度と戻らない、唯一無二の24時間です。

悔いを残さないよう、今日、出会い、関わる人たちへの感謝を胸に、自分にできる精いっぱいのことをしていきたいと思います。

毎朝、仏壇に手を合わせ、母への感謝を伝えながら、私はそのことを心に誓っています。

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