55のメッセージー47 楽じゃないけど、楽しむことはできる(人生編)
◆「楽をすること」と「楽しむこと」。似ているようで、実は根本的に違うことだと思います。
「楽をすること」とは、できるだけ負担を軽くして物事に取り組むことです。
時には、完成度を度外視して手を抜くこともあるでしょう。
一方、これまで手作業で行っていた仕事を、ICTやAIを活用して効率化することも、広い意味では「楽をすること」のひとつです。
しかし、こちらは決して悪いことではありません。むしろ、限られた時間を有効に使うための大切な工夫です。
では、「楽しむこと」とは、どうでしょう。
たとえ手間や時間がかかっても、自分の手で何かを作り上げることに喜びを感じる。
その過程そのものが好きで、夢中になって取り組む。
苦労しているはずなのに、不思議と苦労とは感じない。
「楽ではないけれど、楽しい」
そんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
これを、教育の仕事に当てはめて考えてみましょう。
丁寧に教材研究を行い、子どもたちの実態に合わせて教具を工夫し、授業を組み立てる。
それには、相応の手間と時間が必要です。
決して、楽な仕事ではありません。
しかし、苦労して準備した授業で、子どもたちが目を輝かせ、夢中になって学んでいる姿を目の当たりにした時。
「先生、今日の授業、楽しかった!」
そんな言葉を子どもたちからもらえた時。
教師として味わう喜びは、格別なものがあります。
そして、その喜びを一度味わうと、また次の授業を工夫したくなるのです。
もっと子どもたちを夢中にさせたい。
もっと分かる喜びを味わわせたい。
もっと一人ひとりの可能性を引き出したい。
こうして、教材研究や授業づくりそのものが楽しくなり、いつしか、プラスのスパイラルが生まれていきます。
大変だけれど、楽しい。
楽ではないけれど、やりがいがある。
だからこそ、手間を惜しまず、夢中になって取り組むことができるのでしょう。
ただし、ここで大切なことがあります。
今、お話ししたのは、自分の意思で、主体的に取り組んでいる仕事についてです。
もし、これが上からの指示命令によるものだったら、どうでしょう。
自分は今、体育の教材研究にじっくり取り組みたい。
しかし、次から次へと膨大な事務処理を課せられる。
しかも、その仕事に意義や達成感を見いだすことが難しいとしたら……。
「少しでも楽をしたい」
そう思うのは、人情というものです。
私自身、長い教職生活の中で、ノルマはあっても達成感を得にくい仕事を数多く経験してきました。
そのような仕事こそ、ICTやAIを活用したり、職場の仲間と協働したりして、できるだけ効率よく進めればよいのです。
手間を省くことは、決して悪いことではありません。
むしろ、省ける手間は省き、本当に大切な仕事に時間と情熱を注ぐ。
これが、これからの教師に求められる働き方ではないでしょうか。
さて、日々の多忙な仕事の中にも、自分がライフワークとして大切にしている教科の授業づくりや教材研究があることでしょう。
深く取り組めば取り組むほど、決して楽ではありません。
しかし、その先には、子どもたちの笑顔や成長、そして教師自身の達成感が待っています。
私は、教師の仕事には、大きく分けて二つの向き合い方があると考えています。
一つは、できるだけ効率よく進め、負担を軽くしたい仕事。
もう一つは、楽ではないけれど、楽しみながら、とことん取り組みたい仕事です。
もちろん、どちらも大切な仕事です。
しかし、教師としての「師魂」に火が点くのは、後者のような仕事に出逢った時ではないでしょうか。
子どもたちのために、知恵を絞る。
子どもたちのために、工夫を重ねる。
子どもたちのために、時間を忘れて夢中になる。
そこには、教師という仕事ならではの喜びがあります。
「楽をすること」と「楽しむこと」を、上手に使い分けていきたいものです。
楽をすることが習慣になり、いつの間にか、教育の本丸である授業づくりや子どもたちとの関わりにまで、手間を惜しむようになってしまっては、もったいないことです。
一方で、何もかもに全力を注ぎ、心身を疲弊させてしまっても、よい教育を続けることはできません。
楽にできることは、楽にする。
しかし、心から楽しめる仕事には、惜しみなく情熱を注ぐ。
そのメリハリこそが、教師としての仕事を長く、豊かに続ける秘訣なのかもしれません。
楽じゃないけど、楽しむことはできる。
子どもたちの笑顔のために、今日も、教師という仕事を楽しんでいきましょう。
教育は愛。
その思いを胸に。
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